2015年1月6日火曜日

Fuxx The Hype vol.154 part B

Bye bye, Fuxx The Hype

さて続きです。本当はこれを投稿するつもりが前置きがとてつもなく長くなりました。
すいません。
(前半はこちら http://fuxxthehype.blogspot.co.uk/2015/01/fuxx-hype-vol154.html)

ここで興味深い話をひとつ。

先日(2015/1/2)、上海のクラブはDadaとAmber loungeという場所で1年ぶりに中国DJツアーを行ってきた時に感じたこと、学ばされたことです。

ここ3年ほど、年末年始は中国のパーティーにGuest DJとして招いていただいておりまして、今回3年目、3度目のツアーをしてまいりました。

その日、僕は1回目のDJをDadaで2:30 amから、2回目はAmber loungeで6amから3hours setという日程で行いました。



Dadaは今まで2回プレーした経験があり、NYEのパーティーで過去にブッキングして頂いておりまして、自分としても雰囲気を掴んでる箱だという認識でした。

その日も例年どおり、沢山のお客さんに来て頂き、自分の中でも合格点なプレーができたと思っていたのですが、今回呼んでくれたプロモーターのDJの方に手厳しい評価を頂きました。なんというかBetterだけどBestじゃない的な。

彼曰く「もっと踊らせるようなものじゃないと次の会場では通用しないよ。キレイな上モノよりもグルーヴっぽいものをもっとかけないと。あとちょっと前の曲はもうみんな聴いた事があるから飽きる。あと歌モノよりやっぱりもっと固い音のものを」とのことでした。

正直、過去2回の成功体験もあるので、ちょっとがっくりきました。というのもブースからみても自分でフロアコントロール出来ているのはわかったし、DJ終わりでお客さんにも良かったよと声をかけてもらいましたので。

ただ、彼の語る上海のDJ事情を聞くのと自分のあとにやったローカルDJの様子を伺っているとやはり彼が言っている事は正しいなと考え直しました。


上海はご存知のとおり、アジアの中国の都市ですが、海外出身(欧米)のDJが多く活躍しており、お客さんも7〜8割そっち系の人です。(事実僕を過去2回ブッキングしてくれたのもイギリス人、アメリカ人でした。)

あとあっちのクラブはエントランスフリーの箱が多い。その日の酒の売り上げの中からDJにギャラが支払われます。なのでプレーする人は基本的にノーギャラというのはないです。

では何故盛り上がっていたのに手厳しい評価を頂いたかというと答えは簡単。
それはエントランスフリーだからです。

元々欧米のクラバーは日本人よりガンガン音楽に乗って踊ります。なので展開が多いような曲より、ミニマルでグルーヴがある音楽を好みます。なのでご存知のとおり、所謂コアでドープなミニマルテクノアーティストがバリバリ活躍したりしています。

エントランスフリーだということは出入り自由ということ。
だから少しでも飽きたら、違う箱にいきます。なぜなら違う箱もフリーだから。
同じタダなら楽しい方がいいに決まってる。それに今は携帯で簡単にどこのクラブの様子もチェックできますし。

なので、そういうところをプロモーターはDJに求めるし、箱側も求めてくるというわけ。
長くいてもらえたらそれだけ酒を買ってもらえるし、前述のとおり、盛り上がってる箱がわかるとそっちに流れてくる。

そういうのを違うDJがやっている時にフロアみていて気付きました。ブレイクが長い曲だとそのタイミングで足が止まるからフロアをお客さんが離れていってしまうのです。
気付いた時は衝撃でした。正直1年前はNYEで満員すぎる状態だったので全く気付きもしなかったことです。

ローカルDJ達も外しているのを感じたら躊躇せずすぐ次の曲に変える。
そういうフロアコントロールの上手さを感じました。

人気DJの定義は人それぞれかと思いますが、向こうの中箱クラスだったらブッキングされるのはDJの選曲の上手さ。まずはそれ。どれだけお客さんを飽きさせずに踊らせることが出来るか、どれだけフロアから離さないか。そこをクリアしないと話にならないようです。自分の好きな曲だけ考えなしにかけるようなDJはダメ。

そしてそこからもう1段階上にいくにはそういう前提を踏まえて、自分がディグり出してきた誰も知らないようなイケてる曲を上手くかけてお客さんを満足させることのようだと感じました。

これは日本の現状よりかなりシビアな点だと思いますね。というのも集客できる=DJの上手さですから。また大箱になるとその辺は違ってくるかもですが、中箱に求められるのがその点というのが非常にリアルです。

こぼれ話ですが、どうやら上海のローカルDJ間でもやはり日本みたいなDJ論みたいな話をあるそうです。内容は日本とほぼ一緒(笑)。ただ興味深いのはやはり、向こうは本場からきた外国人DJも多いので、その中に切り込んでいく為には英語が必須のようです。でないと現状厳しいとのこと。

よく音楽は言葉を越えるというのがありますが、現実はやはり甘くないですね。
個人的には日本でマジョリティではないジャンルをやっていても海外なら十分受け入れられる可能性もあるのは確信しています。ただ現地に実際住むとやはり、語学力は必要ですし、英語堪能なマネージャーとかいない限りプロモーターとの交渉もかなり大変だと思いますね。夢を求めて海外に出るのはよいと思いますが、最低限ではなく最低限以上は言葉は出来た方がいいです。それもまた海外での活動の支えになると思います。

脱線しましたが、そういう点に2回目の前に気付いて、受け入れ実践出来たのは良かったです。2回目の箱はアウターアワーズ箱で有名なので、基本お客さんは別のパーティーでは遊びたりないという人ばかり。だから朝5時過ぎでもバンバン人が入ってきますし、ガンガン踊っています。


結果、箱からも、プロモーターさんからも、お客さんからも好評で次につながる良いDJが出来ました。9時で終了するので終えようとすると残っているみんなからもっとやってくれと言われたの本当に嬉しかったです。


DJは1回1回がやはり勝負ですね。特にギャラもらってやるとなるとシビア。(正直僕のギャラなど知れてはいるのですが、それでもアジアとはいえ、自費でいってるわけではないのでそれなりのお金が発生しているのです。)

何より自分のDJもここに来てもう1段、階段を上れたことが嬉しかったです。
本当に良い経験になりました。

大して有名じゃないので大きなことをいうのも気が引けますが、今僕と同じくらいくすぶっている人に是非伝えたいです。もちろんみんながみんなそうではないので一概には言えませんが、”視点”のパラダイムシフトは時としてクラブミュージックをする上では必要になってくるかもしれません。

幸か不幸か自分のやっている音楽が自分の住む場所で受け入れられない時、どうするか。
その時は本当に自分がやっていることに自信があるなら、今自分がいるところ以外に目を向けてみるのも良いかもしれません。仮に日本に住みながらでも前述の通り、英語が出来たら、もし自分の音楽がその国のプロモーターなんかに認められたら交渉してブッキングしてもらったらよいと思います。そこで実際にパフォーマンスが評価されたらまた呼んでもらえますし、自分のモチベーションにもなります。

かくいう僕も負けっぱなしの音楽人生です。
京都でダメで、オーストラリアでダメで、イギリスでも大した結果出せなくて、大阪でも成功しなくて。。。(今はこの冬から東京に住んでいますw)
それでもベルリンでは2回の成功体験をしましたし、中国には毎年いっています。

忘れてはならないのは”時間は有限”ということです。
今の時代、努力をするために努力するべきじゃないと思います。
あくまで結果を出す為に努力するべきじゃないかなと。
そのために戦略性をもってやるのも大事だと思います。

”才能という手持ちの武器”が少なくてもやりようでなんとかなることはあると信じたいです。(もちろん才能がある方が良いに決まっています。)
でもまだ諦めたくない、そんな時は冷静に戦略性をもってあがいてみるのも良いかもしれません。

僕のように諦めの悪い人は正攻法以外の道を自分で模索するのもひとつの手かと思います。その中でもしかしたらそんなやり方で影響力のある方や、心ある方につながる事もあると思うから。

このブログをやることで本当に色々な方と知り合えました。音楽をやる方、熱心な音楽ファンの方などなど。

何にせよ、まずは誰かに自分がやっていることを知ってもらう事が一番大事です。
こういうことをやっていて全く誰にも知られないことほど悲しいことはないと思います。
評価してもらう段階にさえいかずにバッサリ切られるのは悲劇以外の何物でもないです。
なので6年のブロガー活動の中でほんの少ししか才能ある方々のサポートが出来なかったのは口惜しいですが、そこは自分の中でも今後の課題にしていきます。

次にこのブログで紹介した思い出に残るアーティストの曲をいくつか紹介致します。


このblogで紹介した後に耳の早い方々から良い反応しか聞きませんでした。
その後、彼らはデビューEP/ADSRをリリース。瞬く間に日本のIndie R&B界の旗手に。
VocalのNariaki Obukuroはこの冬は80KidzのLIVE setでのGuest vocalを務めたり、自らのlabel, "Tokyo Recordings"を立ち上げたり、多方面で活躍中。今年は彼らをフェスでみたいです。


当時、日本人のトラックメイカーが出来なかったことをいとも簡単にやってのけた驚愕の才能。現在はKido Yojiでの活動は休止中のようですが、またいつの日かKido Yojiの新作を聴ける日がくる事を楽しみにしています。


Post Nujabes soundを奏でた彼。残念ながら彼もまた現在活動休止中ですが、また新作を聴きたいアーティストの一人です。

この3組は本当にまだ世間的に無名の頃から注目してブログで取り上げました。
他にも個人でやっている日本のブログに世界的なアーティストのSun Glittersや、何度となく良質なDJ mixを提供してくれたDJ cbtek氏, 第1回目のFuxx The Hype Nightにゲスト出演してくれたKan Takahiko氏、ラジオ、ブログともに自身のアルバムのリリースのタイミングで快く参加してくれたEadonmm, ラジオ番組をもつきっかけを与えてくれたTaku Takahashi氏など沢山の方に支えていただきました。本当にありがとうございました。

今後なんですが、自分が注目しているパイレーツラジオが2つあってひとつはDJ NOUSLESSによるNOUS FMと九州から発信されるAbysmal Lounge
これらを時々後学のために聴かせて頂いていますが、面白いです。なので自分もこういうことやってみたいなと考えています。

それと最後にFTH blog終了にともない、今までのお礼の意味を込めて僕がロンドンに住んでいた当時、Fuxx The Hype labelよりリリースした当時のEast Londonの空気感を持ったDJ mix/Voice from E1 5DSをFree download配信します。期間限定にしようと思いますので欲しい方は是非お早めにDLしてくださいね。



Fuxx The Hypeはこれにてお仕舞い。
長い間本当にありがとうございました!
形は違えど今後とも面白いことをしていきたいと思いますので何卒宜しくお願い致します。

LC

2015年1月5日月曜日

Fuxx The Hype vol.154 part A

Bye bye, Fuxx The Hype

どうも。先日の夜中にTwitterで告知しましたとおり、2009年から続けてきましたこのブログを今回の投稿を持って終了致します。

今が2015年ですのでなんと約6年間も続けてきました。今まで沢山の方に読んで頂けてとても光栄です。


思えば6年前、自分が思っていたことを形にしたくてこのブログを始めました。
「本当に実力があるのに、色々な理由で世間に知られていない、受け入れてもらえていない日本国内で活動するDance musicのDJ, クリエーターを紹介したい。」
当時京都に住んでいた自分がネットや、または実際にクラブの現場で出会った方々にGuest mixやinterviewをお願いして、自分が良いと思う才能ある方々を世間に少しでも知ってもらいたい、そして彼らをサポートしてもらいたいという思いで続けてきました。


このブログがきっかけで中にはその後活動を続ける上でのモチベーションになり、今現在も活躍する方、また残念ながらその後、諸事情で活動を休止された方もいます。
僕が願うのは”ほんの少しでもそんな彼らの力になれたなら幸い”ということです。

やめる理由はこのスタイルでブログを続けることが今の日本においてそこまで意味をなさないというのが最大の理由です。

昔からの読者の方はご存知かと思いますが、僕は2011年から2年程ロンドンで活動をしていました。その間は日本のアーティストの紹介もしてきましたが向こうのシーンの紹介もしてきました。

帰国後、気付いたのは今現在も続く、もっと若い世代に支持されるインディーダンス界隈の情報を発信する媒体が自分が日本にいない間に生まれ、そういうDIYなメディアのフォロワーも数多く生まれているということでした。

自分が日本にいない間に東京はおろか、関西、九州、その他の地域でもDTMで自身の曲を作り、発表するアーティストが出てきて、それをすくいあげるメディアが日本に存在する状況。

僕がこれを始めた時には中々想像しがたい好状況だと正直思いました。
中にはこのブログの読者だった方が、今ではそういった有力メディアでキュレーターを務めていたりという個人的に非常に嬉しい状況です。

かくいう僕自身もこれを続けてきたことで、多くの方に知って頂けたり、なんと去年の今頃にはblock fmで自身の特番、Fuxx The Hype Radioというとんでもない問題番組をさせて頂いたりもしました。(block fmスタッフ様、本当にありがとうございました。)

個人の正直面白くない現状をなんとか変えたいという思い。
「おもしろきなき世も おもししろく」精神で今までやってきました。

日本だと例えば「東京」在住と「その他の地方」在住ということでやはり注目度は全く違いますし、地方は地方でDJの上手さとかより、どれだけ人をパーティーに呼べるかで扱いが変わってきたりもします。今でこそ、例えば大阪だとinnitや、idle moments、名古屋だとGood weatherなんかはクラブシーンにおいて耳の早いクラバーの中では名の知れたパーティーになっていたりしますが、まだヨーロッパのように例えばマンチェスター、ブリストル、ドイツだとハンブルグみたいにその地域のシーンが誰もが知ってる程に有名というわけではないと思います。

じゃあ東京いけばいいじゃないかと言ってしまえばまあそれまでなんですが、それぞれに事情もあるかとも思いますし、地元から発信することにこだわるアーティスト、DJも多いかと思いますので僕個人としてはそこまで「東京」にこだわることもないと考えています。ようは正当な評価をする人間がシーンに入れば問題ないし、そういうメディアが増えれば自然にヨーロッパのようになっていくんじゃないかと。という考えを持っています。

ただ厳密に自分の個人的な行動の履歴みたいなもので言えば、それとはちょっと変わってくるのですが(笑)。

チャンスを求め、海外でプロDJになるために23歳の時に、日本を出ました。
当時の京都では僕は全く評価されない存在でパーティーをやってもひどい時は4人しか来ない時もありました。その日、箱の若いスタッフに言われたのを今でも覚えています。
「もっと他のパーティーに顔をだして、先輩とかと仲良くしたほうがいい。」
当時は自分も若くて尖っていましたのでなんとなく、それが頭ではわかっていたものの、受け入れられなくて。。。
そしてその後、唐突にたどり着いた答えが「海外なら自分はもっといけるんじゃないか?」ということでした。

そして片道切符で初海外渡航で英語もろくに話せないまま、現金9万円だけもって渡豪。
そこで現地のクラブにデモを持っていく日々を続けるもぶっちぎりの惨敗の日々。。。
クラブでDJ出来ないから半ばやけくそ気味に当時持っていたラップトップに入っていたLogic 7 expressでDTMで曲を作り始めたのがLady Citizenでした。

その後、奇しくもMyspaceバブルが世界を席巻し、そのどさくさにまぎれてアメリカのインディーレーベルからデビューすることになり、今もまだ音楽をやっています。

その後、京都に帰るのですがまた全く相手にされない厳冬の時代(笑)。。。
数年かけて音楽仲間が徐々に増えていき、自分でも「どうにも実力に反して世間に注目されない人が結構いるんじゃないか?」ということに気付きました。

「面白くない」
結局、こういうインディーシーンで活動する方はどうしても支持してくれる日々とからのサポートが必要。じゃないとお金にもならないし、活動資金を得ることが難しくなる。何よりモチベーションに大きな違いがでてくる。人間そんなものですよ。アーティストは霞を食らっていきている仙人ではありません。ってことです。

そういったことを少しでも変えて、マシな現状がみたかった。それだけです。
地方の大して知られてもいないDJがやる自分の活動ではなく他人の音楽を紹介するブログなど誰がみるのか?またそんなことしている前例というのは全くなかったのではないかと思います。少なくとも当時は。

昨年終了した某ブログの主宰の方も地方在住でがんばっておられたみたいですが、自分がやり始めた理由とはまたちょっと違ったものなんだなとその彼の記事を読んで思いました。僕の場合はタイトルからもわかるように「逆ギレ」です。クソすぎる現実につばを吐きかけたかったのかもしれません。若さ故です。。。

今回このブログをやめる理由は別に自分以外が注目されている現状が面白くないからとかそんな理由ではありません。もしそんな理由なら未だにDJの業界で「永遠の若手」状態で続けていないです(笑)。
ただ今、自分がやりたいことのコンセプトはこれではないということです。
実は去年の夏くらいからずっと考えていました。次やりたいことはもっと自分にとって面白いことです。次にやりたいことは世界の耳の早いリスナーから注目されるようなものをというのが理想であり、野望です。

だからと言って、国内で自分がサポートしたいと思っている方の応援をやめるわけではないですし、今後もそれはSNS中心にやっていくつもりです。
(余談ですが個人的に今年面白くなりそうなのは大阪のAnd Vice Versaです。最近のプロモを頂いたのですが、期待せずにいられない感が出ていました。あとは1/4にYOMからEPを出したShigge, そしてもうアメリカに帰国してしましたが我らがAN/AYファミリーのBrenna v.K.。新作リリースを控えていたり、続々と素敵なコラボ話も来てるとか来ていないとか。)

これは自分にとってもはやレーベルオーナーと所属アーティストとしての関係を越えて、盟友関係であるAN/AYのTaguchi氏の言葉ですが「音楽に関する事は情熱をもって続けていくことに意義がある」というものです。
彼は本当にそれを実践している方で、誰も知らないデジタルのレーベルから始めて、今や世界的なアーティストの作品も取り扱うレーベルにまで成長させました。本当に頭があがりません。

光栄にも近年は幸運な偶然もあり、僕のことをアーティストとして見てくださる方も少ないながらもおられたりで誠に恐縮なのですが、僕は自分はあくまでDJであり、キュレーターだと考えています。昔、自分が京都のクラブに遊びにいった先で自分が知らないイケてる音楽を紹介してくれるかのようにかけてくれる"DJ"というものに対する原体験というか、そういうものに未だ心を囚われたままです。

脱線しましたが、自分も年を重ね、面白い事をするには工夫が必要。戦略性もいる。
また他とは違った視点で支持も得ないといけない。他のものでは満足出来ないと思ってもらえるものを提供したいなと考えています。

世代的なものもあるかもしれませんが、僕はやはりクラブミュージックに係わる限り、日本に限らず本場と呼ばれる欧米から支持を得たいと考えています。
(もしかしたら今の若い世代はそうではなく、日本の有名ネットレーベルからリリースして有名になる方が良いのかもしれませんが。ただ僕の世代は海外のクラブミュージックに憧れ続けてきて、いつかそっちをあっと言わせたいという憧れから来る思いみたいなものを持っていると思います。少なくとも自分はそうです。)

ちょっと時期はいつになるかわかりませんが近いうちにまたアナウンス出来たらと思っています。

思いのほか長くなりましたので、前後半に分けます。
さすがに6年もやっていると思い入れもありますもので。。。

大して有名でもないのに生意気なこと言ってるんじゃないよ!って思う人も中にはいるかと思います。そういうものを承知の上で、ある程度書きたい事を書かせていただきました。何度もいうとおり、それなりに大人なので大人の事情もわかります。
ただ僕がこれまで経験してきた中では一概にそうではないと言わざるを得ない現事情が実際にあったりするのです。

続きは後半で。
(とりあえず今から後半書くので誤字脱字等はまた後日訂正します。今は思いの丈を語らせてください。)
後半はこちら。
http://fuxxthehype.blogspot.co.uk/2015/01/fuxx-hype-vol154-part-b.html

LC